2023年9月16日執筆

運送業の暗い未来について空想していた。私は2007年6月12以前の免許取得世代(普通で中型が運転できる)が引退後、さらなる人手不足が起ると考えている。経済を停滞させるほどの運送ドライバー不足だ

理由だが現在免許が厳格化され、普通免許では中型が運転できなくなった。それが致命傷になるだろうと

普通免許では中型が運転できなくなった理由は、未熟なドライバーが事故を引き起こすことを防止するためだ。建前は正しいが、単なる理想論になってしまっている

現状運送業のトラック運転手が足りない。そしてそれを育成する教官と教習車も足りないのだ。それが新規免許取得者の増加を阻害して、深刻な人手不足を引き起こす

次に免許取得に必要な費用と時間も増大しすぎてしまった。例えば現在中型免許を取得しようとすると、MT免許33万+中型免許20万=52万程度かかる(最短の場合

一方2007年6月12以前であれば、20万程度でその両方がとれていたのだ。免許取得の費用は2.5倍程度に増大している。インフレを加味しているが、給料もあまり上がってないので、かかる費用は倍以上に膨れ上がっている

合宿の場合なら安くなるだろうが、多分昔の合宿のほうがはるかに安かったので気休めにもならない

つまり交通事故を減らすという理想のために、物流を支えるトラックドライバーの数が足りなくなってしまう、という結果を引き起こしてしまうのだ

事故が減ったんだから良かったと賞賛されるかもしれないが、それをはるかに上回る不利益が社会に引き起こされると予想する

希望的観測をあえて言えば、トラックドライバーが足りないのであれば、給与が上がって人が集まるだろう。需要と供給理論だ。しかしそんな都合よく行かないと思っている。例えば介護業界だ。

介護は人手が足りないのに、給与が全然上がらないのだ。どういう仕組かはしらんが、介護の給料が上がんないなら、運ちゃんの給料も上がらんだろう。 楽観論や希望的観測が取り上げられるだろうが、まあ現実はそんなもんだ

もう一つの懸念がある。2007年6月12以前の免許取得者は優遇されていて、不公平なのだ。

昔のおっさんは普通免許で中型まで運転できるのに、今の若者は限定中型か中型免許の取得を迫られる。

そもそも未熟なドライバーが事故を引き起こすことを防ぐ、という目的で免許が細分化された。それなのに2007年6月12以前の免許取得者は教習所に通わなくても中型が運転できる、というのは明らかに問題だ

その世代のおっさんやおばさんは特別に運転がうまいから事故をおこさない。とでもいうのだろうか?そもそもどんな世代でも運転したことないトラックをぶっつけで運転したら危険に決まってるだろ。

なんで2007年6月12以前の免許で中型まで運転できるようにしたかは見え透いている。既存のドライバーが中型を運転できなくなって運送業に壊滅的な混乱が引き起こされるからだ

ただし事故を未然に防ぐという観念からすれば、2007年6月12以前の免許取得者なら中型も特別に運転できるというのは明らかに間違っている。解決方法もあったのに国土交通省はその手間を怠ってしまった

たとえば免許に中型を追加できるように申請式にすればよかったのだ。一年以上4トン以上の業務運転経験者に限っては、中型車の運転を認可するという風に

この免許の不公平も大きな禍根を残すと考えている。オカルトだが罪と罰理論だ。これから免許を取得する若者には不公平という罪を犯してしまっている。しかも社会的な影響が大きいため、大きな罪になると推測する。

この不公平の罪がどんな因果を引き起こすかは知らないが、罰が必ず起こると私は確信している

この社会に住まう善良な市民たちよ聞くがよい。何者もどんな形であれ、犯した罪が清算されないのであれば、いずれ誰かが何らかの方法で支払うことになる。それが今後も絶対に語られることはなく、変えることができない、世の習いなのだ