夜明けのナローニアの通りを四人の男女たちが歩いていた
シンジン:初めまして新人の僧侶です。よろしくです
ヨシオ:よろしく頼む
マホリン:青い野犬に入ってくれてありがとう。
セワシ:今日はCランクの商人護衛クエストを受ける。早ければ一日で終わる
シンジン:え!これCランクのクエストなんですか!?僕Eランクですよ!?
マホリン:シンジン君は初心者だっけ?私たちCランクだから、適正クエストよ
シンジン:僕皆さんのお役に立てるかわからない。回復魔法だってすぐMP切れちゃいますし
セワシ:シンジン君にはちょっと厳しいかもしれんが、君のレベルを手っ取り早く上げたいんだ。
ヨシオ:俺たちが守ってやるから心配すんな
シンジン:心配だなあ…
ナローニアの城壁出口付近の原っぱで、馬一頭と、荷馬車に物資を積み終わった商人が待っていた
商人:待っていたよ青い野犬の諸君。荷馬車の荷物を、トナリの村まで護衛してほしい。礼は弾む
セワシ:ここからトナリの村までは半日程度だ。クエストの期限も今日までなので、急いで出発する
ヨシオ:道中ゴブリンが出るだろうから、俺たちが正面以外を守る
シンジン:ゴブリンってどんな敵なんですか?
マホリン:碌な武器も持ってない雑魚よ。ただし弱いなりに知恵を使うわ
シンジン:へー
セワシ:トナリの村手前の森が難所だが、四人いれば何とかなる。
商人:出発するよ!間に合わなかったら、報酬はなしだよ!
商人が手を引くと、荷馬車がぱかぱか歩き始めた
良い天気の昼下がりを歩く商人一同。
街道にゴブリンが三匹だらだらとたむろして、とうせんぼしていた
ゴブリン:ゴブゴブ!
シンジン:ひえ!ゴブリン
セワシ:ヨシオ!
ヨシオ:うおお!
ヨシオとセワシは飛び出してゴブリンに切りかかった
ブシャア!
二匹のゴブリンは切りつけられて、血みどろで横たわった
ゴブリン:ゴブ―!
一匹のゴブリンは一目散に逃げだした
マホリン:ケガはない?シンジン君
シンジン:は、はい…何とか…
ヨシオ:こいつらは雑魚だ。気にすんな
マホリン:そうよ。いつも私たちはやっつけてるから
シンジン:そうなんですか…ゴブリンってリアルで怖いですね…
セワシ:まあ怖いのは見た目だけだ。ビビることはねえ
一時間後。今度は街道に三匹のゴブリンがたむろしていた
シンジン:あ、またゴブリンいますよ
セワシ:懲りない連中だ。全員そのまま進め
馬車がそのまま無視して通り過ぎようと、てくてく近づいていく
すると岩陰や木の影からさらに三匹のゴブリンが現れ、一同は6匹のゴブリンに囲まれた
ゴブリン:ゴブ!ゴブ!
ヨシオ:ゴブリンに囲まれたぞ!
セワシ:しまった数が多い!シンジンは下がってろ!
シンジン:僕も戦います!
初期武器のスポーツメイスを取り出すシンジン
小さなゴブリンと新人僧侶は相対して、チャンバラのような様相
シンジン:えい!えい!
シンジンはスポーツメイスを振ってゴブリンを攻撃しようとした
ゴブリン:キー!
ビシィ!
ゴブリンがやみくもに振り回したヒノキの棒が、メイスを持ったシンジンの手に命中した
シンジン:痛ったああああ!
シンジンの右手は出血してはいないが、赤く腫れあがっていた
あまりの痛さに右手を抑えてうずくまるシンジン
ゴブリン:ウキキキ!
ゴブリンはそれを指さして笑った。初心者接待用のモンスターなので、熾烈な追撃は行わない
顔から鼻血がでて、傷だらけのセワシが前に出た
セワシ:コラァ!!
ゴブリン:ウキ!?
セワシに凄まれると、小さなゴブリンは一目散に逃げていった
シンジンは腕をぶつけたように、手のひらをひらひらさせながら立ち上がった
シンジン:ありがとうございます…
ヨシオ:はあはあ…なんとかなったな
セワシは鼻血を腕でふき取りながら言った
セワシ:全員無事か?
マホリン:シンジン君、回復お願い
シンジン:はい!ナオル(回復魔法)
ヨシオ:助かる
セワシ:俺のほうも頼む
シンジン:もうMPがない…
セワシ:なに!もう回復できないのかよ!
シンジン:ごめんなさい!レベルが低いんです!
マホリン:シンジン君は悪くないわ。リーダーもう少し言い方を考えて
セワシ:ち…
ヨシオ:リーダーどうするんだ?
セワシ:包帯まいとけば何とかなる
シンジン:一度帰還したほうが…
セワシ:弱気になるな、かすり傷だ
午後
シンジン:何かさっきからゴブリンいません?
セワシ:何度も倒してやっただろ
シンジン:いえ、なんか僕たちの後をついてきてるような
セワシ:それがどうした?見てるだけの腰抜けどもだろ?
シンジン:いや…戦わず、後をついてくるモンスターなんて、今まで見たことがない
マホリン:私たちが強すぎて、手が出せないんでしょ?
シンジン:ゴブリンの知能ってどれくらいなんですか?襲うタイミングを見計らっているような
セワシ:奴らは所詮BOTだ。そんな器用な真似は出来ねえ
遠くに複数のゴブリンたちが、セワシたちの後をついてコソコソと動き回っていた
調理なべを頭にかぶったゴブリンがセワシたちを指さすと、お玉で調理なべをたたき始めた
両手に音のなる棒を打ち合わせて、リズムをとってキイキイ騒いでいる
その様子はサッカーの熱狂的なサポーターのようだった
シンジン:何かおかしい。音を鳴らして味方に位置を知らせているように見える…
セワシ:奴ら本当にしつこいな。そんなに荷物が欲しいのか?
商人:私は隣の村に金属製の調理器具を運んでいるんだ。奴らはそれをどうしても欲しいんだよ
シンジン:ゴブリンはそんなものほしいんですか?
商人:そりゃほしいよ。奴らヒノキしか加工できない雑魚だから
シンジン:へー…
夕日が出る夕方
シンジンは馬車の側面を警戒しながら、木のそばを通り過ぎようとした
木の裏ではゴブリンが待ち伏せしており、柔らかい枝をしならせて待ち構えていた。
バシ!
シンジン:痛!」
シンジンの瞼の上から血が流れる
ゴブリン:キキキ!」
ゴブリンは一目散に逃げだした。
マホリン:どうしたの!?
シンジン:しなる枝ぶつけられた
ヨシオ:ガキみたいなことするな
シンジン:あいつ木の裏で待ち伏せしていた。あんなの防げない
セワシ:だからどうだっていうんだ。下らんいたずらだろ?
当たりにホエザルのような鳴き声がこだまする
ヨシオ:ゴブリンの野郎。威嚇してやがる
シンジン:何なんだあいつら、なんでこんなことするんです?
セワシ:挑発のつもりなんだろ
シンジン:どんどん鳴き声が多くなってくるんですが
ヨシオ:この先はゴブリンの森だ
シンジン:え!?
ヨシオ:あの森のどこかに奴らの住処があるらしい
シンジン:そんなところに向かって大丈夫なんですか?
商人一行はゴブリンの森の手前までたどり着いた
街道は木々の間を通って伸び、夕日の木漏れ日で赤く照らし出されている
森の手前には木の立て看板が立てかけてある
”この先トナリノ村”と書かれていたが、赤いペンキで"おいでませ、ゴブリンの森!”と上書きされている
シンジン:えこれ血ですか!?ゴブリンやばくないですか!?
商人:ひえ!それは大変!
セワシ:んなわけねえ!あの雑魚にそんなことできるわけねえ
マホリン:目的地までもう一息ね
ヨシオ:リーダー、この辺で休もう。ずっと歩きっぱなしだ
セワシ:時間はないが、仕方ないな
マホリン:リーダーちょっと顔色が良くないわ。疲れてるんじゃない?
セワシ:大したことない。あの森を抜ければ目的の村はすぐそこだ
シンジン:こんな真っ暗の中、森を進むなんて無理ですよ…
ヨシオ:リーダーどうする?
セワシ:…商人はNPCだから、視界がなくても目的地まで進む
ヨシオ:それを手探りでついていくのか?
マホリン:ちょっと無茶なんじゃない
セワシ:クエスト終了まで時間がない。今日中に森を抜けるしかない
シンジン:朝まで待ったほうがいいんじゃ
セワシ:それじゃクエスト失敗だ。俺たちは行くしかないんだよ
シンジン:いくら何でも無謀すぎる…段取りに問題があったのでは
セワシ:くそ!そこまで考えてなかったんだよ
マホリン:サトシがそういう面倒なことやってたのにね
シンジン:…僕ちょっとトイレ行ってきます
ヨシオ:ああ。俺たちが荷物見張ってるよ
暗い夜道を歩いているシンジン
シンジン:真っ暗な森の中を突っ切るなんて、無謀すぎる。熊とかイノシシのような動物に遭遇したら、一巻の終わりじゃないか
シンジン:森の中で遭難したらどうするんだ?こんな無計画なチームに付き合いきれない
シンジンはチームエンブレムを外して草むらに捨てた
たき火を囲むセワシたち。
商人はへたりこんで座る馬に水を飲ませている
ヨシオ:ちょっと俺もトイレ行ってくる
マホリン:リーダー、シンジン君に乱暴すぎるんじゃない?
セワシ:これくらい普通だろ?
マホリン:シンジン君はサトシと違うのよ?
セワシ:ふん…二人とも遅いな。トイレ行ったきり戻ってこない。
マホリン:シンジン君聞こえる?なんかあったの?
ヨシオが戻ってきた。エンブレムからマホリンの声が聞こえる
ヨシオ:おいシンジンのエンブレムが落ちてたぞ
マホリン:ちょっとうちのチームチャット三人しかいない
セワシ:シンジンの野郎逃げやがったな
ヨシオ:どうするリーダー。このままゴブリンの森を突っ切るのか?
セワシ:ああ。どうせシンジンはMP切れてて戦力にならなかった
マホリン:森の中はほとんどが視界がない。どうやって護衛を続けるの?
セワシ:見えなくても問題ない。奴らどうせ大した武器持ってないからな
ヨシオ:まあ俺はHP高いから平気だけどな
セワシ:ゴブリンの森は正念場だが、目的地は目と鼻の先だ。あとは気合で何とかなる
マホリン:いかにも社会人らしい発想ね
夜の森の中の街道を、荷馬車を護衛しながら進む一同
前方は月明りで多少見えるだけで、とことこ進むNPC荷馬車に手をついて歩いた
ヨシオ:なあリーダー。さっきからゴブリンどもは静かだな?
セワシ:それがどうした?
マホリン:襲ってこないのはおかしいってことでしょ?
セワシ:襲ってこなきゃおかしいのか?
突然ドスンと音がして、荷馬車がガタンと大きく揺れた。
ヒヒーン!!
セワシ:おいどうした!?
ヨシオ:車輪が溝に引っかかったらしい
セワシ:クソこんな時に!
マホリン:道に溝があるなんておかしい
セワシ:とにかく全員で後ろから押そう。溝から車輪を脱出させる
ゴブリン:キー!!
ゴブリンが暗闇の中叫び声をあげると、それを合図に周囲の木々に括りつけられた松明が一斉に点火された
ゴブリンたちは暗闇の中かさかさと動き、松明から松明に点火してしていく
ゴブリン:ゴブっゴブ!
ゴブリンたちは叫び、太鼓をたたき、持っていた粗末な道具で精いっぱい音を立てて威嚇した
マホリン:何!
ヨシオ:畜生!囲まれてるぞ!
セワシ:武器をとれ!奴らの狙いは荷馬車だ
ゴブリンたちは松明をゆらゆら振り回しながら、近づいてきた
ヨシオ:おいやばいぞ!こんな大群相手にできない
セワシ:落ち着け!奴らは臆病だ!何匹が倒せば逃げる!
商人:ひええ!
セワシ:騒ぐな!俺たちが守ってやる!
ゴブリンたちは松明をゆらゆらするだけで、それ以上近づいてこない
ヨシオ:かかってこい!ぶった切ってやる!
マホリン:キャア!
セワシ:どうした!
とっさにセワシはマホリンを守ると立ちふさがった
ザバア!
ゴブリンたちは詰み上げていた枯れ葉を、二人向かって浴びせかけた
商人:うわあ!
商人もゴブリンたちに枯れ葉を浴びせられ、葉の黒い影で視界が見えなくなる
セワシがマホリンをかばったとこで、馬車の側面が無防備になった。
そのすきに二匹のゴブリンが馬具の側面に飛びついて、協力して連結ピンを外し始めた
鉄製の連結ピンがゴロンと地面に転がると、ゴブリンは荷馬のケツをひっぱたいた
:ヒヒーン!
突然馬が大声で鳴くと、目的地の方向に猛然とかけた
商人:ピンだ!連結ピンを外された!」
商人も馬を追いかけて走り始めた
ヨシオ:商人が馬を追って逃げちまった!
セワシ:クソ!俺たちも追うぞ!
セワシは怖気続いたマホリンを抱き寄せ、背中を押した
セワシ:マホリン!商人を追え!
マホリン:う、うん!
ヨシオ:荷物はどうすんだ!
セワシ:逃げろ!命令だ!
ヨシオ:うおお!
セワシとヨシオも後をついで全力でかけた
ゴブリン:キキキ!
ゴブリンがヨシオたちの追いかけようとしたが、途中で引き返した
ゴブリン:ゴブ!ゴブ!
ゴブリンが荷馬車を指さすと、ゴブリンたちが協力して荷馬車の物資を運び始めた
一頭のゴブリンが荷馬車の上に飛び乗ると、地面にいるゴブリンに手渡して運ばせた
二頭のゴブリンは松明で周囲を照らし、人間に襲われないか警戒していた
セワシたちが命からがら森から抜けると、商人と馬の姿があった
商人は馬をつなぎ留め、馬は立ち止まって目をぱちぱちさせてセワシたちを見ている
セワシ:はあはあ…
商人はおびえた目でセワシを見ている
セワシ:クソ!
セワシは一目散に逃げだした、商人に近づいて殴ろうとした
ヨシオ:やめろ!
ヨシオがすぐにセワシを取り押さえた
セワシ:離せ!
マホリン:やめて…NPCをたたいてもペナルティが増えるだけよ…
商人:私と馬はこの通り無事です…皆様のおかげで
セワシ:うるせえよ!
当たりに美しい朝日が昇って、不気味だった森が明るく照らされる
セワシは疲れ切って地面にへたり込んだ
セワシ:ゴブリンたちに一杯食わされた…
マホリン:どういうこと?
セワシ:ゴブリンどもは単に、俺たちを追っ払いたかったんだ
ヨシオ:だろうな。枯れ葉を浴びせるなんて馬鹿げてる
マホリン:じゃあ全部、馬を逃がすための陽動だったってこと?
セワシは美しい朝日に見とれ呆然としていた。
これからするべきことが山のようにあるが、疲れ切っていて何もする気になれない
作者注。ナローニアオンラインはテーブルトークなので、NPC商人とクエストの期限について交渉ができた
セワシはそのことに気が付かず、期限は絶対に守らないとクエスト失敗になると誤認していた