ナローニア山林
涼しい山林の中で、斧で木を打ち付ける音がこだまする
二匹の屈強な牛男が木に黙々と斧をふるっている。しかし顔はつぶらな瞳の土竜だった

ジョルノ:みんな静かに。モグタウルスがいる
ミスタ:二匹だけで孤立してる。絶好の獲物だぜ
サトシ:あいつらは何をしてるの?
ジョルノ:モグタウルスは単純なBOTで、プレイヤーを認識してないときは木を伐り続ける
サトシ:どうしてそんなことしてるの?
ジョルノ:モグタウルスはナローニアの木こり替わりなんだ。人間の代わりに間伐しているわけだ
サトシ:そんなの討伐しちゃっていいの?
ジョルノ:構わないさ。ただの敵BOTだし死ねばリスポンする。モグタウルスは人間の敵だから、人里に下りてくると危険なんだ。
ミスタ:つうわけでNPCが人里に降りてきてたモグタウルスを通報して、俺たちが代わりに倒す。
トリッシュ:ひ弱な村人たちに代わって、私たちが代わりに討伐してあげるの。そして感謝と大金がもらえる。強者の特権ってとこね

サトシはモグタウルスにステータスオープンを実行した
サトシ:モグタウルスの弱点は、背中への奇襲らしい
ジョルノ:そんなことはもちろんわかってる。奴らは木を切るのに夢中だからこっそり近づける。だがそのまま背後から、バックスタブで瞬殺なんてまねはできない
サトシ:どうして
ジョルノ:モグタウルスは夢中で木を切っているように見えるが、あれで警戒モードなんだ。近づきすぎると背後からだろうとプレイヤーを認識してしまうので、それ以上近づけない
サトシ:どうするの
ジョルノ:ミスタ、狙撃できるか?
ミスタ:ヘッドショットが取れる相手ならそれがベストだが…あいつらは無理だ
ジョルノ:なぜだ
ミスタ:モグタウルスは眉間の中心あたりにヘッドショット判定がある。奴ら木に夢中だから誰かがおびき寄せないとヘッドショットできない
ジョルノ:背後への射撃は?
ミスタ:射撃にバックスタブはない。銃声を聞くと、射撃を警戒されちまう。誰か弱そうなやつが囮になったほうが、狙撃のチャンスはある
ジョルノ:じゃあ囮を使って、背後から奇襲を狙う作戦にしよう。まず僕とトリッシュは木々の間を迂回して、こっそり奴らの後ろに回り込む。
トリッシュ:わかったわ
ジョルノ:だがそれ以上は感知されるから近づけない。そこで囮が奴らの前に立って注意を引き付ける
サトシ:それで
ジョルノ:モグタウルスが囮への攻撃モードに入ったら、僕とトリッシュが背後から一気に詰め寄ってバックスタブを決める。
ミスタ:俺は囮に夢中のモグタウルスに隠れてヘッドショットを狙う。モグタウルスが囮が一人で弱いと誤認してくれれば、ヘッドショットを狙うチャンスはある
サトシ:僕は?
ジョルノ:もちろん君は囮だ。石でも投げつけて、モグタウルスの注意を引き付けろ
サトシ:まじか…あんな斧食らったら一発で死ぬよね?
トリッシュ:見りゃわかるでしょ?
ミスタ:グタグタ言わず男になれよ兄弟。昨日あんなにトレーニングしてやったろ?
サトシ:わかったよ…
ジョルノ:僕らの段取りは完璧だから、囮が危険にさらされる時間は短くなる。ただ完全にゼロにはできない。
トリッシュ:あんたが何とかかわし続けてくれれば
ミスタ:そうすりゃ、あとは俺たちが完璧に仕留める。わかったな兄弟?
サトシ:うん
ジョルノ:各員移動。サトシは合図するまでここで待て
ミスタ:ラジャ

サトシは腹ばいの姿勢で、二人のモグタウルスの筋骨隆々とした背中を眺めていた
野球のスイングみたいに完璧なフォームで、木こり斧を木に命中させている
細かな汗が飛び散り、筋肉の筋が浮き出ては、次の素早いスイングで見えなくなる
サトシは足元の石ころを拾って、手のひらで転がしてみた
これを背中にぶつけて作業の邪魔をすることに罪悪感を感じる

ジョルノ:全員準備完了だ。サトシ、石をぶつけて囮になれ
サトシ:わかった…
サトシはすっと立ち上がった
石を握りしめながら、二人のモグタウルスの背中に近づいていく
木こり斧を木に打ち付けるたび、立っている地面がわずかに振動する
男二人の身長は2m。それがガンガン木こり斧を、たたきつけている光景は圧巻だった

10mの距離で歩みを止めた。サトシは恐怖のあまり硬直していた。
ミスタ:なにやってんだ?早くしろ
サトシは息をのんだ。
サトシ:自分の死亡予知は出ていない…大丈夫だ
サトシはモグタウルスの引き締まった背中に石を投げつけた
モグタウルス:モグ?
モグタウルス二人はこっちを振り返った
サトシ:う…
サトシはにらまれて何もできなかった
モグタウルス二匹は、何事もなかったかのように伐採を再開した

トリッシュ:ちょっとサトシ何やってんの!?男らしくとびかかりなさいよ!?
サトシ:はあはあ…
サトシは二人の怪物に威圧されて、これ以上近づけなかった
ジョルノ:…作戦中止。サトシ、君にはがっかりした。
サトシ:は!?
サトシはとっさに横に飛びのいた
ドシーン!
モグタウルスが切っていた大木が、自分のほうに倒れてきたのだ
サトシ:なんだ…!?
あたりに倒壊した木の葉っぱがひらひら舞う
サトシは中腰になって目を見開いていた
二匹のモグタウルスが木こり斧をもって、ゆっくり近づいてくる
ミスタ:サトシ!立て!狙われてるぞ!

サトシはがばっと起き上がった。
一人の屈強なモグタウルスが頭上に伐採斧を振りかぶった
サトシ:!?
サトシはバックステップでかわした。
しかし木の根っこにかかとがぶつかって、地面に倒れてしまった
とっさに腕で受け身を取るが、痛みと衝撃で動転していた
サトシは地面に倒れこんで、状況がわからなくなった
ミスタ:サトシ!止まるな!
サトシは怒声でとっさに横に転がった
ザク!
サトシがいた地面に向かって斧が振り下ろされた
気のせいではなく本当に地面が揺れていた
モグタウルスの伐採斧は5kgもの重量があり、人間が扱える工具の限界を超えている
サトシは地面に手をついて、泥だらけになってとっさに飛び起きて距離をとった
2mもある二人の屈強な男が斧をもってゆらゆら近づいてくる
その近づいてくる動きはゲームそのもので、こちらに目線を合わせたまま機械的に近づいてくる
地面を気にすることはなく、射程に入れて、斧をふるうというルーチンしか感じられない
サトシは射程に入らないように、木に手をついてぶつかりながら逃げていた
ジョルノ:サトシ、逃げるんじゃない!奴らの背中を狙えない
サトシ:無理だあんなの…殺される

サトシの顔面は泥で汚れ、風圧で出血していた
ミスタ:クソ!サトシ昨日あんなにトレーニングしたじゃねえか!
サトシ:そんなこと言われても…
ミスタ:とっと未来予知を使え!お前のSランスキルだろ!?

サトシは中腰になってモグタウルスのほうを構えた
サトシ:アナライズターゲット…
サトシの視界にいる二匹のモグタウルスの輪郭が鮮明になる
続いて移動するラインと歩いてくるポーズが輪郭で表示された
5秒後に自分に向かってスイングするシルエットと、斧の軌道が見える

サトシ:次のスイングは横と縦の順番…
サトシは伏せ、横に転がるの順番でかわした
サトシの顔は泥と葉っぱに汚れているが、モグタウルスから視線を外さなかった

さらにモグタウルスは縦、もう一匹が横の順番で斬撃を繰り出した
しかし攻撃のパターンがわかっているサトシはすべてかわした
ブワッ!
横切りの後、モグタウルスは後ろを向きながら、後ろ足蹴りを繰り出した
モグタウルスは足が細い蹄なので蹴りができないが、前かがみの姿勢で斧を地面に突き刺すことによって、姿勢が安定し後ろ蹴りを繰り出した
サトシの顔面を狙った蹄の一撃は、状態を後ろにそらし、頭を動かすことによってかわしていた
サトシの顔面に飛び散った泥が飛び散る
サトシ:う…
サトシは泥が目と口に入って、後ろを向きながら素早く逃げた

サトシは顔面の泥を手のひらでぬぐいながら、再度モグタウルスと相対した
あちこち泥と落ち葉にまみれ、顔面は斬撃の風圧で出血していた
一方モグタウルス側も汗まみれで肩で息をしていた。
5kgの木こり斧を持ち歩きながらふるうのは大変な重労働で、休む必要があった
するとモグタウルスは伐採斧を地面に捨てて、肩慣らしを始めた

サトシ:嘘だろ…
サトシの顔に冷や汗が走る。モグタウルスがポールアクスを自分から手放すと思ってなかった
重いポールアクスを捨てて、格段に動きが素早く、複雑になった
攻撃の軌道やタイミングが読めても、かわしきれない
二匹のモグタウルスはたくましい上腕を伸ばして、サトシの衣類をつかもうとしてくる
サトシはかわしきれず、そのうち一匹に押し倒されてしまった。
モグタウルスはサトシの上に馬乗りになって、顔面に拳を振り下ろそうとした

バキューン!
馬乗りのモグタウルスの眉間にミスタが放ったボルトアクションが命中した
もう一匹のモグタウルスが弾丸のした方向を向き直った
:モグッ…
その瞬間モグタウルスの体は二本の刃に指しぬかれていた
ジョルノとトリッシュがこっそり背後から近づいて、音もたてずに刺し貫いたのだ
モグタウルスは地面に崩れ落ちた

トリッシュ:危なかったわねサトシ
サトシ:間一髪だった。慣れないことはするもんじゃないな
ジョルノ:信じられない。ミノタウルスの斬撃をすべてかわしきるとは
ミスタ:これが未来予知ってスキルなのか?
サトシ:俺はミノタウルスの攻撃のパターンを知り尽くしているから、それを読んでかわし続けただけだ
ジョルノ:…そんなわけはないだろ。いくら達人でも斬撃や刺突をかわし続けられるわけがない
トリッシュ:そうなの?
ジョルノ:立ち合いにおいて武器を持っているほうが主導権が握る。かわすほうより、武器を振り回すほうが圧倒的に有利だ
ミスタ:トレーニングの甲斐があったかもな
クエスト終了の鈴のSEがなり、そのあとファンファーレがなった
トリッシュ:クエストが完了したようね
ミスタ:おいサトシ、たぶんお前ランクアップしたぜ。今ファンファーレの音がした
サトシ:え!?
ミスタ:確認してやるよ。サトシにステータスオープン…は!?お前Sランク!?
ジョルノ:何!?サトシはCランクだったはずだ!?
サトシ:えまじで!?
ミスタ:おいどういうことだ?確かAまでしかランクは上がらないはずだぞ
ジョルノ:たぶんSランクスキルの未来予知のせいだ。これを持っていることによりSが適正だと判定された
サトシ:よくわからないんだけど…
ミスタ:おいコイツすごいぞ。鑑定能力もSに上がってる
ジョルノ:鑑定Sってどんな能力だ?アーティファクトの鑑定が可能…
トリッシュ:アーティファクトってなに?
ジョルノ:まさか…全員NVRに帰ろう。サトシ、後で見せたいものがある