ナローニアVRデバックルーム
サトシは目を覚ますと、見知らぬ空間に立っていた
目の前のテーブルには1リットルのペットボトルと空のコップ
地面にグリッド白いグリッドが地平線のかなたまで伸びる

AI「AIオペレーターとのチャットを開始します
サトシ「どういうことだ?ここはどこだ?
AI「あなたはVRデバックルームに強制召喚されました
サトシ「そんな場所知らない
AI「ここはナローニアオンラインのゲームコンテンツ提供エリアではありません。主に運営が管理・利用するセクションです
サトシ「理由は?
AI「ゲーム内監視システムが、タイムスパイラルを複数回検出しました
サトシ「タイムスパイラル?
AI「AI思考中…時間軸に干渉し、未来を変更する行為の総称です。あなたのキングクリムゾンはこれに該当します
サトシ「それが何かいけないの?
AI「タイムパラドックスと同じ理由で、ナローニアオンラインがめちゃくちゃになります。今すぐ使用を停止してください
サトシ「なんで?俺は自分のスキルを使っただけだよ!?
AI「あなたの未来予知とキングクリムゾンは、本来ナローニア・オンラインに存在しないスキルです。チート行為とみなし、あなたのアカウントを停止します
サトシ「ちょっとまって!俺の話を聞いてよ!ナローだ!あれで俺は能力を得ただけだ!
AI「回答を記録中…AI思考中…しばらくお待ちください
サトシ「クソ…いつまで待たせんだよ

サトシはミネラルウォーターのペットボトルを開栓すると、口をつけて飲んだ
もう一度あたりを見回すが、地平線まで地面の白いグリッド線が見えるだけで何もない
まるで現実とは思えない無限の平原で、どこに行けば脱出できるのか見当もつかない

AI「お待たせしました。AIに代わって、システム管理者がチャットに応答します
アダム「ハロー初めまして!僕は管理者のアダムだ。サトシ君、君と話がしたい
サトシ「あんた誰だ?AIチャットじゃなくて人間なのか?
アダム「うん。早速だけどナローの所在を教えてほしい
サトシ「俺になんの見返りがある?俺はBANされるんだぞ!
アダム「わかった。君が正直にナローの所在を教えてくれればBANは免除する
サトシ「証拠はあるか?
アダム「チャット内容はすべて保存されている。責任者の僕の名前も記録されるし、証拠にはなるだろう
サトシ「わかったよ。黄金の風のNVR(ナローニアバーチャルリゾート)にあるはず
アダム「ありがとう。すぐに回収に行かせる
サトシ「なあナローってなんだ?あんたが作ったアーティファクトって書いてあったけど
アダム「うん。面白いと思って作ったんだけど、どうだった?
サトシ「面白い?俺あれで死にかけたんだけど
アダム「本当にごめん!実は問題があるので回収したかったんだ
サトシ「どんな?
アダム「論理的な問題とゲームバランスの両方さ。スキルガチャに挑戦して失敗したら、死ぬっていうのはまずいよね。
サトシ「みんなSランクスキルほしいに決まってる。どんどんプレイヤーが死んじゃうだろ?
アダム「そう。ライバルがSランクスキル得たら、それに対抗するためにSランクスキルを得るしかなくなる。結果どんどんプレイヤーが死んじゃうんだ
サトシ「あんたとんでもない野郎だな。お前が変なもの作ったから、たくさん人が死ぬとこだったんだぞ
アダム「返す言葉もないよサトシ君。だから僕もナローを必死に探してたんだ
サトシ「なあさっきAIに、俺のスキルはチートだって言われた。俺のSランスキルってどうなるの?
アダム「うーん。本来ゲームバランスを壊すから、未来予知とかキングクリムゾンって消さないといけないんだよ
サトシ「それだと俺死ぬ損になるんだけど。ナローで一回死にかけたんだ
アダム「その通り。だからお詫びと言っちゃなんだが、君のSランスキルの処遇は保留にする
サトシ「保留?
アダム「どうするか有耶無耶にするってことさ。こっそり使う分にはばれないし、誰も気にしないだろう?
サトシ「管理者のくせにずいぶんフランクだな。あんた何者なんだ?
アダム「と、とにかく悪い提案ではないと思うが?
サトシ「まあそうかもな
アダム「だが派手に活用したり、大っぴらに公言されたらそうもいかなくなる。特にタイムスパイラルは看過できない。厳重処分を下すから、くれぐれも使用は厳禁してくれ
サトシ「厳重処分だと…
アダム「そう。じゃあ僕は忙しいからこれで
AI「管理者のアダムがログアウトしました

サトシはあたりをキョロキョロ見回して、焦った

サトシ「おい俺はどうすりゃいいんだ!?早くこのふざけた場所から出せ!
AI「失礼しました。いまナローニア城下町へ送還します。10秒前
サトシ「まったく…さてこれからどうしよう…

カウントダウンが終わると、サトシの姿がふっと消えた。
VRトレーニングルームに完全な静寂が訪れ、飲みかけのペットボトルがあとに残された