1. NEETLIFE
  2. 小説

複雑すぎる原作のレクターをだますプロット

原作の羊たちの沈黙は1988年発行された作品である。91年にジョディフォスター主演の映画がアカデミー賞を受賞したことで、映画のほうが有名だが、原作が複雑すぎて映像化できない場面が多々ある。

物語の肝となるレクターからバッフォロウビルのヒントを聞くくだりは、よく知られている。しかしその原作プロットはあまりに複雑で長いため、今後も映像化されることはないだろう。

  1. 最初レクターはクラウスという男性の死体をクラリスに探させた
  2. 犯人はラスペイルという男で、二人がクラウスとラスペイルの同性愛中の事故による窒息だろうとレクターは話す。
  3. ラスペイルはレクターの患者の一人で、すでにレクターによって故人になっている。
  4. クラウスの死体を検視した結果、喉に蝶の蛹が入っていた。
  5. バッファロウビルの被害者の女性にも、のどに蝶の蛹が入っていた
  6. 二つの類似からクロフォードはクラウスを殺害したのは、バッファロウビルだと断定する。
  7. クラウスを殺したのは、ラスペイルだというのはレクターの嘘だと見破る。
  8. レクターがバッファロウビルについて鋭い知見を持っているのは、推測ではなく、犯人であるバッフォロウビル本人を知っているからだとクロフォードは確信する。

怪物レクター博士の珍しいミスで、クロフォードはレクターがバッフォロウビル本人を知っていると確信する。というのもレクターはバッフォロウビルがクラウスの喉に蝶の蛹を入れていたことを、予想できていなかった。ビルが皮剥ぎを始める大昔の出来事だし、まったく意識にも上らなかったのかもしれない。

普通犯人を知っているなら、見返りを渡すので、その代わりに犯人の情報を教えてくれというだろう。キャサリン(娘)を犯人に誘拐されたマーティン上院議員は、犯人の情報と引き換えに、見晴らしの良い監房へ移すことをレクターに提案する。これはレクターにとっても良い取引だが、クロフォードは間違っているという。

「以前レクターの助言を聞いたときは、有益な情報は一切なく、そればかりか、グレアムの住所を犯人に教えていた。レクターはサイコパスの狂人で、犯人を教えくれと言っても絶対に教えない。それはレクターに懇願することであり、レクターはその期待を逆手にとって、苦しめようとする。わかっているふりをして、情報を出し渋り、いずれ拉致されたキャサリンは殺害される。そうやってマーティン議員を苦しめることが、レクターにとって一番の楽しみなのだ。そのためなら報酬がなくなった上、罰を与えられてもかまわないとレクターは思っている。」とクロフォードは断言する。

レクターの発想もいかれているが、そのサディズムを推測できるクロフォードも常軌を逸している。この辺の発想は、怪物の思考をたどることができるグレアム(前作の主人公)にさせるほうが自然だった。しかしグレアムはひどい目にあって退場しているため、代わりにクロフォードが言うことになったような気がする。

ともあれレクターに犯人を教えてくれといっても、逆に絶対教えてくれないという。じゃあどうするのかというとクロフォードは似ているが異なるやり方をクラリスに命令する。

レクターが犯人を知っているということを知らないふりをする。あくまでレクターの洞察力が犯人逮捕に有益なので、協力してほしいと申しでる。もしレクターの推理が有益であれば、マーティン議員報酬としてもっとマシな監房を提供する(嘘)。

犯人を教えてくれというのと大差ないような気がするが、レクターにとっては全く異なるらしい。レクターは頭脳明晰ということが世間にアピールでき、注目を浴び自尊心を満足させることができる。これなら犯人への有益な情報を出し続けるだろうとクロフォードは言う。

しかしクロフォードのプランには、恐ろしいところがある。マーティン議員には一切知らせず、報酬は初めからないところだ。つまりレクターは情報を出したにも関わらず、報酬はなくクロフォードに騙されることになる。

レクターは報酬の話を聞いて、クロフォードが報酬を渡すとは信じられないという。これも正解で、クロフォードはレクターによってグレアムが再起不能になった恨みがあり、いかなる便宜も許さない。レクターとクロフォードはお互いに見抜いているらしい。

クロフォードはシリーズでは有能なわき役という扱いだが、実際はレクターに匹敵するクッソ有能という珍しいキャラクターである。前作レッドドラゴンでは、犯人からの手紙をレクターに気づかれないように抜きとって戻したことがある。今作でもチルトンの介入がなければクロフォードは、怪物 レクターを欺き、犯人のヒントを引き出した挙句、恨みを晴らすことができただろう。

クラリスの嘘

映画版ではクラリスの殉職した父親は町の警察署長という設定になっている。しかし原作版ではこれが嘘だとレクターに見抜かれるシーンがある。クラリスの父親は、ピックアップトラップから降りようとしたとき、ポンプ式の散弾銃の遊底を引き損ねてジャムを起こした。そこを強盗に撃たれてしまった。

レクターそれを聞いて、「警官がピックアップトラップにのっていて、武器は散弾銃しかないのはおかしい。警察署長ではなく、夜警ではないか?」と指摘する。この誤りはクラリスの父親は立派な人物で、しかるべき地位の人間であってほしいという、クラリスの見栄だろう

実際に記憶が塗り替えられている点はまだあって、クラリスの父親は発砲されたあと、一か月間病院で生きていたそうだ。本人にとってもっとも思い出したくない記憶なのだろう

事件の解決 最初の被害者の娘に重しがつけられていた事実

レクターは折から逃亡する直前、バッフォロウビルの被害者たちの遺体が見つかった地図をクラリスに手渡しした。あとでクラリスが読み返してみると、博士はこう注記していた。

現場がこのように行き当たりばったりに散らばっているのは、やりすぎのように思えないか?懸命に散らしているように見えないか?便宜上の考慮を一切無視した散らばり方ではないか?下手なうそつきの誇張が感じられないか?

それを見たクラリスは、犯人に至るヒントだととらえ、もう一度遺体の場所を記した地図を見直す。

最初の被害者の女性、フレデリカビンメルの遺体に特異点があった。最初の被害者の女性に、唯一重しがつけられ、水中に沈められなかなか発見されなかった。ほかの女性は川の上流に投げ込まれて、すぐに見つけられた。

クラリスは死体に重しがつけられていたのは、フレデリカの遺体が見つけれないようにするためだと気づく。なぜ見つけられたくないのか?そこでもう一つレクターのヒントを思い出した

「人が熱望に至るのは、毎日見ているものを渇望するところから始まる。」

クラリスは犯人がフレデリカを毎日見ていた。つまり犯人はフレデリカと交友がある身近な人物だと確信する。それを隠すためにわざわざ遺体に重りをつけて、見つからないようにしたのだ。逆にほかの遺体は見つかるように散らして捨てた。

クラリスの推理は的中し、クラリスはフレデリカと交友があった犯人、本名バッフォロウビルの突き止めた

レクターの些細なヒントから、クラリスが犯人を特定する重大な手掛かりを得るという、原作でも映画でも重要なシーンである。クラリスでしか気づけないような名推理ではある。しかしグレアムであれば、レクターのヒントなしで同じ結論に至っていただろう。グレアムは原作では最強クラスの人物で、レクターと同等の洞察力を持っているという設定である。しかしそれでは相当つまらない映画になっていただろうなと思う。

クラリスの決断

クレンドラーに務遂行能力審査会にかけられたクラリス。これ以上学校外で時間を費やすと、循環処分になり、クラスから停学処分が下される。

レクターを逃がした経緯で、責任転嫁のためクレンドラーに務遂行能力審査会にかけられたクラリス。これ以上学校外で時間を費やすと、停学処分が下される。キャザリンが犯人に殺される日がまじかに迫っているのに、捜査を中断して学校に戻らなければならない。

捜査官の中で、被害者たちと共感できる女性はクラリスだけ。クラリスだけがわずかな手掛かりを見つけることができ、キャザリンを助け出せる可能性があるのは、自分しかいないことを確信していた。かといって学校に戻らなければ、FBI特別捜査官へのキャリアを不意にすることになる。被害者のキャザリンは金持ちの娘で、クラリスとは何の関係もない。苦学の末に積み重ねた出世への道を棒に振ることは考えられない。しかしクラリスは守れなかった羊たちのことや、亡き両親の姿が頭に浮かんだ。

クラリスは乾燥機から洗濯物を取り出した。衣類は温かくて匂いが良い。彼女は衣類を胸に抱きしめた。
<母がシーツを腕いっぱい抱えている。>
今日がキャザリン人生最後の日だ。
<黒と白のカラスがワゴンから盗んだ。母は部屋の中にいて、外へ出て追い払うことを同時にできない。>
今日はキャザリンの人生の最後の日だ。
<車道にピックアップ・トラックを乗り入れるとき、父は方向指示器ではなく腕をシグナルに使った。庭で遊んでいた彼女は、父が太い腕でトラックに曲がる場所を示していて、曲がるように命令しているような気がした。>
何をするかクラリスが決断した時、目に涙が浮かんだ。温かい洗濯物に顔を埋めた。